名前:髙橋利廣
略歴: 東京都豊島区「マザーラブ動物病院」院長。大学卒業後、墨田区の動物病院で約10年間勤務医として臨床経験を積んだのち、2002年に独立開業。「母の愛」を意味する「マザーラブ」の名を冠した動物病院を開設し、動物医療と地域連携の橋渡しに尽力。公益社団法人 東京都獣医師会豊島支部支部長、一般社団法人 日本ペット救命活動協会理事も務める。
趣味:バイク、お酒
好きな言葉:ありがとう
目次
「パンダちゃんを診たい!」がきっかけだった、獣医師の原点
― 獣医師を志したきっかけを教えていただけますか?
よくあるのが、医療関係の家族の影響で、という話ですが、私の家系は土建屋で、医療職の人間は誰一人いなかったんです。なので、純粋に自分自身の意思で選びました。もともとは人間のお医者さんを目指していたのですが、希望する医学部に合格できず、、、(笑)親から「他に何がやりたいんだ」と言われ、「パンダちゃんでも診るかな」と慌てて獣医大学を探して受験しました。せっかく獣医になれたのですが、残念ながら、今のところパンダを診る仕事はしたことがありません(笑)。
仕事の本質部分に関しては医師であっても獣医師であっても変わりありません。動物が本当に好きだったことと、「ペットは家族」と思っていたこともあり、同じ“命”を扱う仕事として獣医師の道に進んだことは良かったと思っています。
経験を糧に独立、「マザーラブ動物病院」開院
― 開業までの経緯を教えていただけますか?
大学卒業後、墨田区の動物病院で約10年勤務しました。その病院でさまざまな症例に立ち会い、実務を通じて経験を積みました。ある程度の自信がついた頃に、当時の院長から独立を勧められ、2002年に「マザーラブ動物病院」を開院しました。 病院名に「マザーラブ」と名付けたのは、「母の愛」のように、温かく包み込むような医療を提供したかったからです。動物も人と同じ家族。家族の一員として、心を込めて診療にあたることを大切にしています。
災害時に求められる、飼い主の正しい知識と行動
ー髙橋先生は、日本ペット救命活動協会の理事もされていますよね。災害時の行動についてアドバイスをいただけますか?
まず大前提として、命に関わる「エマージェンシー(※心肺停止等、命に関わる急病や外傷など)」への対応は、本来は病院レベルの医療体制が必要です。エマージェンシーのABC(Airway、Breathing、Circulation)というようにチームを組んで動く必要がありますので、心肺停止などの事態に対しては最低でも4人以上のスタッフでチームを組んで初めて対応できます。うちは夫婦2人で運営しているため、そのようなケースはすぐに高度医療を提供できる病院へ紹介しています。 協会では、病院へたどり着くまでの“つなぎのケア”を飼い主さんができるようにする、という目的で活動しています。一次対応の知識や、正しい応急処置の考え方をお伝えするのが私たちの役目です。
地域と動物病院の信頼関係を築くということ
― 豊島区の獣医師会支部長として、地域との関係づくりについてお考えを教えてください。
動物病院は「一次診療」の現場です。私たちの役割は診断をし、必要があれば適切な「二次診療」へつなぐこと。かつては紹介制度が整っておらず、すべてを一人で抱え込まなければならず、救命率も決して高くありませんでした。 今は、連携を重視することで、無理せず、より良い治療環境を提供できるようになっています。救命率をあげるためにも、ネットワークづくりを大切にしています。
正しい知識を持ってフードを選ぶ力を
― ペットとの共生における課題について、感じていることはありますか?
私は「ペット」と思っていないので、共生に課題を感じたことはありません。うちの患者さんたち(動物たち)は、完全に家族。散歩中にすれ違えば挨拶するし、人と同じ感覚で接しています。 ただし、社会制度としてはまだまだ不十分だと感じています。たとえば飛行機に乗れない、建物に入れない、という制限が多い。ペットフードの安全基準も、実は人の食べ物に比べて甘い部分があります。特に海外からの輸入品は、長時間の船便輸送による酸化リスクがあります。赤道を超えて運ばれるペットフードには、気を付けてほしいですね。
― フードの選び方について、飼い主さんが意識すべきことはありますか?
まず「どこから来ている製品か?」をチェックしてください。国産であれば安心ですが、輸入品には保存状況や酸化リスクがあります。自分があげたフードがきっかけで健康を損なっては悲しいですよね。 私たちは味見しないので、飼い主さんが代わりに表示チェックするしかないんです。ラベルや成分表示を確認して、少しでも安全な選択を心がけていただけたらと思います。
ワクチン接種は愛犬の健康を守る
ー飼い主さんが意識してほしい愛犬の健康管理はなんですか?
予防接種は忘れずに行ってほしいです。普段から予防することで免疫が高められます。
― ワクチン接種の重要性について、教えていただけますか?
アメリカでは、犬のコアワクチンについては「3年に1度」というスタイルが一般的になっています。世界小動物獣医師会(WSAVA)が犬のコアワクチン(すべての犬に対して接種が推奨されている最も重要な予防接種で、命に関わる重篤な感染症から守るためのワクチン)の免疫持続期間は3年以上であるとされ、3年ごとの再接種が推奨されています。日本でも近年その動きがあり、看護師の試験問題でも「3年に1回」とされることがあります。ただし、アメリカでは抗体価をきちんと測ったうえで「ウチの子はちゃんと抗体があるから今年は打たなくていいね」と判断します。
ー1年に1度打つものだと思っていたので、免疫持続期間がそんなにあるなんて知らなかったです。
日本でも抗体価を測って判断している病院はあるので、飼い主さんが選択すると良いと思いますが、抗体価を測るのは金額的にも高価ですし、手間がかかるので、当院では「1年に1度の接種」ををおすすめしています。
「禁止事項」より「一緒に楽しむ」時間を大切に
― 最後に、ドッグスペシャリストナビの読者に向けて、メッセージをお願いします。
ペットは家族です。私たちも家族と接するのと同じように、愛情をもって向き合ってほしいと思っています。 当院では、必要最低限の注意を除いて、「あれダメ、これダメ」とは言いません。窮屈なルールで縛るより、のびのびと過ごしてもらう方が、犬にとっても人にとっても幸せです。 日々のちょっとした時間を、大切なわんちゃんと心から楽しんでくださいね。
「パンダちゃんを診たくて獣医師に」という冒頭のエピソードに思わず笑みがこぼれ、しかしお話が進むにつれ、髙橋先生の“命”への真剣なまなざしに胸を打たれました。「ペットは家族」という言葉はよく聞きますが、先生のお話はその言葉を超えて、「どう向き合うか」の具体的な姿勢を教えてくださいました。医療の専門性と同時に、より「家族と日々を楽しく過ごす」ことが、わんちゃんと飼い主双方の幸せな暮らしに繋がっていく——そんな気づきを得られたインタビューでした。
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